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金乗院・狭山不動尊・狭山湖サイクリング

金乗院仏国窟の石仏
『金乗院仏国窟の石仏

サイクリングデータ>
サイクリング日:2009年10月1日(木)
天候:晴れ
同行者:なし(単独行
所在地:埼玉県所沢市
距離:約30~35km(記録を失ったため詳細は分かりません)
所要時間:約4時間
コース:金乗院→狭山山不動狭山湖


データ>
正式名称:吾庵山 金乗院 放光
宗派:真言宗豊山派
住所:埼玉県所沢市上山口2203
創建:弘仁年間(810年~824年)
別称:山口観音
札所:武蔵野観音霊場第13番札所
   武蔵野七福神(布袋) ほか


データ>
正式名称:天台宗 別格本山 狭山山 不動
宗派:天台宗
住所:埼玉県所沢市大字上山口2214
創建:1975年
別称:狭山不動尊



<計画>
この二つのに行ってみたいと思い計画しましたが、当初はサイクリングのついで位にしか考えていませんでした。

<行程>
12:00 金乗院(山口観音)に到着
金乗院の石仏
『金乗院の石仏
金乗院の観音様
『金乗院の観音様』
多分、観音様でしょうか。麗しい観音様と対照的な坊主(不信心な言い方ですが)のコントラストって、ある意味日本的ですね。

12:10 五重塔と仏国窟
五重塔
『八角形、寸胴の五重塔』
他に類似したものを見たことがないのですが、こんな形の五重塔って他にもあるものなんでしょうか?
仏国窟の入口
『四国八十八ヶ所霊場 仏国窟入口』
五重塔の左手に入口右手に出口があり、五重塔を取り囲むように作られた洞窟(通路?)に四国八十八ヶ所になぞらえた八十八体の石仏が並んでいました。
金乗院仏国窟の石仏外回り
『仏国窟石仏
外回りは八十八体の石仏
金乗院仏国窟の石仏内回り
『大師像』
内回りは弘法大師像(これも八十八体だったかどうかは覚えておりません)。
仏国窟石仏
『仏国窟石仏』
仏国窟の内部は非常に暗く、サイクリングだったので三脚を持っておらず、手持ちでは明かりが足りないのでフラッシュをたいてみたら大きなレンズに明かりがケラレて、小さなレンズに換えてみても近すぎてうまく撮影できず、一眼レフでの撮影を断念してケータイで撮ってみたら結構きれいに写る。考えてみれば、ケータイのモバイルライトはフラッシュと同じ目的なので光温度もカメラ用で、ケータイで光を当てながら撮影を試みる。
仏国窟石仏
『仏国窟石仏』
案外、好く撮れました。ま、手持ちなのでシャッター速度を確保するためにISO感度は最高にしてしまったので画質は荒いですが。
仏国窟石仏
『仏国窟石仏』
高幡不動にも山内八十八ヶ所巡りというのがありましたが、石仏はこちらの方が好きです。あちらは山の中を歩く楽しみがありますが。
仏国窟石仏
『仏国窟石仏群』  ↑Click拡大
結局気が付いたら、八十八体全部の写真を撮っていました。(写真は全てではありません)

12:35 金乗院鳥居
金乗院鳥居
『金乗院鳥居』
『奥の院五重塔』『千体観音堂』『山口観音』『金乗院』と、過剰なタグ付けみたいなタイトルの並んだ鳥居を見ていると、商業的な雰囲気を感じてしまって、心寒い。
灯篭と五重塔
『灯篭と五重塔』

12:45 金乗院本堂参拝
本堂裏山
『本堂裏山の観音様が見守る本堂』
本堂
『本堂』
刺抜き地蔵?
『とげ抜き地蔵?』
とげ抜き地蔵という名前ではなかったと思いますが、痛いところを撫でると治癒するというようなことが書かれていたように記憶していますが、間違っていたらごめんなさい。
地蔵 地蔵
『境内に置かれた地蔵』
六地蔵
『境内に置かれた六地蔵』

13:00 閻魔堂
閻魔堂
『閻魔堂』
山門の外側に閻魔堂がありました。
子どもの頃に怖いと思った閻魔様の、あのアナクロな感じ。ちょっとオドロオドロしい感じが何ともいい感じでした。

このあと狭山不動尊へ移動。

13:15 狭山不動尊桜井門到着
桜井門 桜井門前の狛犬
『桜井門と門前の狛犬』
狛犬、頭デカッ! ちょっと変。新しいもののようで、由緒は書かれていませんでした。珠も子も角もない狛犬でした。
桜井門は奈良県十津川村の桜井の山門として建立されたものらしい。のっけから結構歴史あるものらしい。
第二多宝塔
『第二多宝塔』
室町時代中期(1435年)兵庫県東條町天神の椅鹿に建立されたもの。これもかなり貴重なもののようです。
庚信寺
『庚信
由緒は書かれていなかったと思うんですが、なぜ不動という寺の中に庚信寺という他の寺の名前を名乗るものが立っているんでしょうか?
大黒堂
『大黒堂』
奈良県極楽寺の柿本人麿歌塚を移築したものだそうです。
鐘楼
『鐘楼』
しかし一体この寺は何でしょうか? どれもこれも寄せ集めです。
羅漢堂と唐金灯篭
『羅漢堂と唐金灯篭』
羅漢堂は井上馨邸から移築したもの、唐金燈籠は東京芝の旧台徳院霊廟から移設したものだそうです。旧台徳院霊廟にはこの唐金燈籠が千個もあったそうです。それを(全部ではありませんが)この狭い場所に移築したせいで、こんなに灯篭だらけになったようです。
石仏
『石仏』
なぜこんなに深く埋まっているのでしょうか。台の無い柔らかい土の上に置いて埋まってしまったか。または下のほうが壊れて無くなっているのか。どちらにせよ石仏自体は古いものの、ここに置かれてさほど長い年月が経っているとは思えないものでした。
弁天堂
『弁天堂』
滋賀県彦根市清涼寺から移築したもの。
しかし日本国中から寄せ集めていますね。
丁子門(重文)
『丁子門(重要文化財)』
寛永9年(1632年)に東京芝にあった徳川家崇源院霊牌所の通用門として建立されたもの。
丁子門(重文)
『丁子門(重要文化財)』
これ日本の重要文化財ですよ!
それが本来の役目を終えて移築されるなら、博物館などで雨ざらしにならない保存方法のほうが良いのではないかとも思いますが、どうなんでしょう・・・・。
丁子門脇の石仏
『丁子門脇の石仏』
第一多宝塔
『第一多宝塔(埼玉県有形文化財)』
弘治元年(1555年)に大阪府高槻市梶原の畠山神社に建立されたもの。
灯篭
『灯篭』
東京芝の旧台徳院霊廟から移設した灯篭が、本堂の周りや参道の両脇などに考えられないくらい沢山並んでいました。
総門
『総門』
長州藩主毛利家江戸屋敷の門を移築したもの。
総門と本堂
『総門と本堂』
奥に見える本堂は京都本願寺から移築したものとされていますが、遠目には汚れたコンクリートの建物にしか見えませんでした。周りには重要文化財など、とんでもなく重厚なものが集まっているのに、その中心である本堂は悲しいほど見栄えがなく、実に薄ら寒く感じられました。
御成門(重文)
『御成門(重要文化財)』
寛永9年(1632年)に東京芝にあった徳川家台徳院に建立されたもの。
台徳院山門
『勅額門(重要文化財)』
東京芝の旧台徳院霊廟から移築されたもの。

こんなあっちこっちに重要文化財が並んでいるお寺がこんな所にあるなんて知りませんでしたし、しかもそれがこんなにも無名であること自体考えられないことで、どうなっているのかと思い、帰ってから色々調べてみたところ、どうやら西武グループが日本国中で開発のために手に入れた土地などにあった歴史的に保存すべき建物などの寄せ集めのようでした。
ちなみに寺の周りには西武ドーム球場、ユネスコ村遊園地、ちょっと離れた場所に西武園遊園地などがあり、いわゆる西武王国の総本山といった場所のようです。
寄せ集めた結果、寺のような体裁になったので、僧侶を雇って開山としたのでしょう。
御神木
『御神木』
何と! 御神木まで他の場所から移植されたものらしい。

14:00 狭山不動尊桜井門出発
大黒堂
かなりうんざり気味の満腹状態といった感じで狭山不動尊を後にしましたが、それでもコスモスと青空には感謝しないでもない。

14:10 狭山湖到着
狭山湖
狭山湖
全てが作り物の虚構寺にうんざりしたあと、狭山湖のほとりで心癒されぼんやりとしながら、考えてみればこの湖もやはり作り物であることを思い出してみる。
狭山湖
狭山湖
我々の社会に真実が見えづらいように、我々の社会にはリアルと言えるものは見当たらないのかも知れないとも思う。

15:36 東大和の地蔵
路傍の地蔵
『路傍の地蔵』
帰り道、東大和辺りを走行中、道の脇に地蔵堂を見つけました。
顔をペンキで書いたのが信心の表れなのか単なるイタズラか見分けが付かない。腹にペンキを垂らした跡まで残っており、どちらにせよ『もう少し丁寧に頼むよ』って感じでした。
それでも屋根付きのお堂に紅いおべべで大事にされており、信仰ってこんな風に素朴でいられたら、こんなにも微笑ましく愛らしいものなんだけど・・・・。





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| 埼玉県の神社・寺 | 01:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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