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丸山(日寄橋ルート)

※以下の山行記は数ヶ月経過してから書いたもののため、細かいことを忘れてしまっており、覚え違いなど、誤りもあるかも知れません。

登山道10:47

<山行データ>
山行日 : 2009年5月3日(日)
天候 : 花曇り
同行者 : 息子(親子登山)
山名 : 丸山(まるやま)
所在地 : 東京都奥多摩町
標高 : 1098.3m
標高差 : 約975m
距離 : 4.6km
所要時間 : 5時間30分
登山ルート : 日寄橋(山梨県上野原市棡原)→小棡→丸山


<神社データ>
名称:十二天神社
詳細不明



<計画>
以前にも小棡の登山口辺りまでは2度ほど行ったことがあり、そこに『丸山まで1時間30分』と書かれていることは数年前から知っていながら、今までその先に行ってみることが無かったのですが、今回、小2になり登山に興味を持ちだした息子と二人、ゴールデンウィークの時間に余裕がある時を選んで登山を計画しました。
日寄橋から丸山へのルートは登山地図によれば、登り1時間50分、下り1時間20分とあり、往復にして3時間10分となりますが、登山初体験の息子がどのくらい歩いてくれるかは全くの未知数で、正直、頂上までは無理だろうと思っていたので、単純に、朝9時スタート、12時まで登り続けて頂上に辿り着けなくてもそこで昼休憩。12時30分に下山を開始して、15時30分到着予定。という非常にシンプルなプランで頂上にこだわらずに、あくまで息子の登山初挑戦を見守る計画として行くことにしました。

<行程>
9:00  日寄橋を出発
日寄橋バス停のすぐ後ろにある日寄神社という無人の神社の裏を上って行きました。
日寄バス停
『日寄神社』
日寄神社
『日寄神社の裏を登る』

9:15 小棡の小さな滝を通過
日寄部落を過ぎて家のない寂しい道を歩いて行くと小さな滝があり、その手前の道端に石仏が二つ並んでいました。南無阿弥陀仏と書かれた石と、己待塔または巳待塔のどちらか判別がつかない石。どちらにせよ意味が分からずに見ていたら、横から息子がタンポポの綿毛をお供えしました。
南無阿弥陀仏塔
『南無阿弥陀仏塔』
己待塔
『巳待塔または己待塔』

しばらく進むと、崖をコンクリートで固めた道に馬頭観音がありました。馬頭観音とは憤怒型のものとされていると記憶していましたが、この馬頭観音は穏やかな顔をしています。
日寄の馬頭観音
『日寄の馬頭観音』

9:50  小棡の地蔵前を通過
集落へと上る1本道を見守るように石仏が村の入口に立っていました。
息子の身長が120cm位なので、この石仏、110cm位はあると思われる。
小棡の地蔵
『息子と同じくらいの仏像』
小棡の六地蔵
『灯篭型の六地蔵』

10:20  登山口通過
やっと登山口に着きました。歩き始めてから既に1時間20分。大人の足ならきっと30分か40分というところでしょう。先が思いやられます。
登山道に入って早速、落ちていた杉の枝で杖を作ってやると、どうやらこの杖が気に入った様子で、この先杉の皮が手に痛いと言って、休憩の度に落ちている石で杖の木の皮を削って、帰り着く頃にはつるつるにしていました。
登山口通過
『登山道に入った』

10:30  庚申塔前通過
山の中に突如として、庚申塔が立っていた。息子が「怖い顔してるね」と言って手を合わせた。
庚申塔の先に分岐があり、右に下りると小棡集落の一番奥に下りる道のようだった。帰りはこの道を通ろうかと思う。
庚申塔
『庚申塔』

10:45  帳塚原で休憩
『帳塚原』という看板が立っていましたが、それが何なのか全く解説も無く、ただ、看板の脇に古い加工された石が崩れて草に覆われていました。
帳塚原は日当たりの好い場所だったので、少しゆっくり目に休憩を取りました。。周りには畑だったと思われる場所もあり、葱坊主や菜の花が咲いており、この辺りまでは人の営みの形跡が残っていました。
帳塚原10:42
『帳塚原の看板』
帳塚原
『草に覆われた石の人工物』
登山道10:47
『畑だったと思われる場所に菜の花』

10:50  帳塚原出発
登山道10:49
『登山道に咲いていた山躑躅』
登山道10:57
『落ち葉』

11:10  十二天神社でお参り
登山道の脇にいきなり階段があり、そのすぐ上に鳥居がありました。山ノ神だろうかと登っていくと、木の鳥居には壊れた十二天の表札。古い石の階段といい、その石の階段の上りにくさや高さといい、実に趣があり好い神社でした。
十二天神社鳥居
『十二天神社の階段と鳥居』
十二天神社
『壊れた表札』

11:20  十二天神社を出発
十二天神社を出ると、もうあと僅か40分で折り返す予定の12時となるが、かなり疲れてきたようで、息子のペースは一向に上がらない。
登山道11:40
『疲れて休憩』
登山道11:45
『龍頭のような倒木』
暗い森を抜けると、日の当たる尾根に出ました。頂上はもうすぐのように思えますが、歩いても歩いてもゆるい坂道が続いていました。
あまりにペースが遅いのでどのくらい歩いたのか全く想像できず、持参した地図は細かいことが書かれていないため、自分がどの辺りにいるのか見当がつきませんでした。
ちなみにGPSなどという高等なものは持っておりません。

12:30  丸山山頂?到着
予定では12時で昼休憩にして折り返すはずでしたが、息子も「もう少し歩こう」と疲れに負けずに歩き続けるので12時30分まで登り続けました。
しかし今度こそは頂上だろうと登りきった坂の上で休憩としました。そこには山の頂上にあるべき山名の看板も道標もなく、よく見ると奥に続いた道は一旦下りになりますが、その先はここより更に高い場所へ続いているようでした。
折り返し地点
『昼休憩した小高い場所』

ともあれ、ここまで3時間30分、登山初体験にしてはよく歩いたものだと褒め、レジャーシートを広げて、すっぱいウメボシのおにぎりを二人でほお張りました。
息子は食べたらもう少しだけ登ってみたいとも言いましたが、初めての登山でもあり、帰りの体力も考慮し、ここでお終いということにしました。
少し寒くなったせいもあり、疲れがジンワリと感じられました。

12:50  丸山出発
上りに3時間30分も使ってしまい、予定の時間をオーバーしてしまったので、昼休憩は短めにして下山を開始しました。下りの道は上りよりはペースは速いものの、かなり足にきているようで踏ん張りがきいておらず、前に立ち塞がるようにペースを抑えて下山しなくてはなりませんでした。
登山道13:39
『かなり疲れてる?』

13:50  十二天神社前通過
この辺りは暗い杉の道をひたすら歩いた記憶しか残っていません。
藤尾分岐
『藤尾分岐の道標』

14:20  帳塚原通過
上りと同様、日が当たって気持ちが好く、少し休憩をしました。
休憩をした場所のすぐ脇に、随分と思い切って枝を切られた木が、まるで大きく伸びをしたように立っていました。
のびのびの木
『命名”のびのびのき”』

14:35  庚申塔前通過
庚申塔の辺りにあった分岐を曲がり、朝とは別の方向へ下りることにした。とは言え、小棡集落の一番奥に下りるか手前へ下りるかくらいの差だが、長く疲れた下りの道に息子が飽き始めていたので、気分を変えるために初めての道の方を選んでみた。

15:00  登山口通過
小棡集落一番奥の登山口を通過。登山口近くに『札所』の文字が見える石碑を見つける。その昔はここに札所があったということだろうか。
小棡一番奥の登山口石仏
『登山口の石仏』

15:05  慈昌庵通過
登山口からすぐの場所に無人の寺がありました。人はいませんが、多分近所の方が手入れしているのであろう寺の庭には石仏が並べられ、ツツジが咲いていました。
慈昌庵 慈昌庵★
『慈昌庵の庭』

15:20  小棡の地蔵前を通過
小棡を過ぎ、行程も残り僅かとなったところで最後の休憩。残りのおやつ全部食べてOKの号令で、しっかりお手拭きをはじめました。
おやつタイム
『おやつ休憩』

15:45  日寄橋到着
タンポポの綿毛を飛ばして遊んだりしながら、ゆっくりと帰路に着きました。
日寄の墓地で蒲公英の綿毛プー
『タンポポの綿毛プ~』

息子にとって初めての登山で、家では見られない男っぽい顔も見られました。

一日お世話になった杉の木の杖は、帰り着いても「また山に行くときに使うから捨てないで」と言うので、今でも車のトランクにしまってあります。




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| 登山_山梨県 | 13:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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